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哲学者の著書購入 - お亀爺

2025/05/11 (Sun) 21:41:52

こころ旅の初日は垰さんの育った坂町でした。奇しくもかっぽん、垰さん、そして小生の育った3か所。野呂山や坂町は今はおシンチョ爺様の庭みたいな所?

朝日新聞の1面表札の下に毎日出てくる数行の言葉
“おりおりの言葉”。書き手は大阪大学の元学長である鷲田清一さん。哲学者として知られる人。数行なので(だから)毎朝、最初に目を通すが、ほとんど何を
言っているのか理解できない。哲学者が読まれた広範囲な分野の書物からの抜書き。くやしいが朝からイラつきたくないので、分らんものは分からんと深入りはしないことにしています。

先日、TVでよく拝見するロバート・キャンベルさん(はげ頭の外人さん・元東大教授)が生活の中で息苦しい時があるが、そんなときには鷲田さんの書いたものを開くと新聞に書かれ、3冊の本を紹介されていました。
どうせ分からん本だろうが、騙されてもよしとして「生きながらえる術(すべ)」を購入し、昨夜拾い読みしました。

幸い、哲学臭い本ではなく、思いつくママ筆をとった随想。そのなかに「かたちのレビュー」なる1章があって、まずサントリー・オールドのダルマは戦前、昭和15年“黒丸”と言うブランド名で完成していた時節柄、贅沢品。戦後1925年満を持して発売。

形から片手では持ちにくい。片手を副えて注いでもらえるような場に置 いて飲んでほしいとでもいうように。

卵のプラスティック製の透明のパッケージから透明のマネキンが生まれた。

イッセイミヤケは衣服を肉の塊としての身体を覆うものではなく、人の振る舞いをデザインするもの、衣服と身体のあわい(あいだ 間の)空気をデザインするものと考えた。それには彼の作品である「フリーツ、プリーズ」の洋服と同じように極限なまでに軽量化したマネキンが必要だった。

三宅さんは京都と深い関係があって、透明のマネキンの製作には京都の会社が貢献したらしい。

そういえば思い出したことがある。京都の老舗百貨店でウインドウ・ショッピングしていたときのこと。
イッセイミヤケ・コーナーで店員さんを冷やかし。「イッセイさんは中学の先輩なんです」と漏らすと間髪を入れず「東雲中学ですね」と返ってきました。
小生は東雲は2年生からなので、イッセイさんが先輩だったと知ったのは中年になってからです。

まだまだ鷲田先生のご本から紹介したい話題はたくさんあるのですが今夜はこれまで。
      
      

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